能楽師 友枝雄人 プロフィール 

友枝雄人(ともえだ たけひと)
シテ方喜多流 1967年生まれ。故友枝喜久夫の孫、友枝昭世の養子。故喜多実、友枝昭世および塩津哲生に師事。
重要無形文化財総合指定保持者。
3歳で「鞍馬天狗」の花見で初舞台。10歳で「経政」にて初シテ。
1994年「猩々乱」、2002年「道成寺」、2004年「石橋」、2010年「翁」、2011年「望月」を披く。
「五蘊会」主宰。「條風会」同人。 公益社団法人能楽協会会員。
喜多流職分会会員。慶應義塾大学経済学部卒業。


ギャラリー

■「巴」(ともえ)


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撮影:山口 宏子


■「山姥」(やまんば) 


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撮影:石田 裕


■「八島」(やしま)


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撮影:前島 吉裕


■「箙」(えびら)


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(見どころ&あらすじ)
江戸時代に幕府の式楽となった能の中で、武家にもっとも好まれた演目のひとつです。主人公は、源平、生田の合戦で活躍した名将・梶原源太景季(かじわらげんたかげすえ)の亡霊です。 旅の僧が生田の古戦場に差し掛かると、じっと梅の花を眺める男がひとり。武士の略礼装である素襖を着たその男に、旅の僧が梅の名とそのいわれを問うと、「昔ここ生田で源平の合戦があった。平家10万騎に対し、6万騎の源家は果敢に戦った。その時、風雅にも梅に心を寄せ、箙にこの梅を挿して敵に立ち向かった若い武将がいた。彼にちなみ、この梅を『箙の梅』と呼ぶのだ」と語ります。やがて男は、「この梅の主で、梶原源太景季の幽霊である」と正体を明かし、どこへともなく消えてゆきます。(中入)  所の者が、旅の僧に生田の合戦における景季の活躍を語って聞かせます。そこへ、壮麗な金襴や錦でできた法被と呼ばれる上衣を肩脱ぎにした若武者姿の景季の霊が登場。景季の霊が合戦の裏にある修羅の苦しみを舞い、梅を箙に挿して戦った様子を再現して見せるうちに、旅僧は夢から覚めます。景季は旅僧の夢枕に立った幻となって消えていったのです。

■「船弁慶」(ふなべんけい)


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(見どころ&あらすじ)
誰もが知る悲運の武将、源義経が主人公です。前シテの優美な舞に対し後シテの荒々しい長刀さばきという、前後の対比が鮮やかな能です。 平家追討に功績をあげた源義経でしたが兄の源頼朝に疑惑をもたれ、逆に鎌倉方から追われる身となります。西国に逃れようと、摂津国尼崎大物浦まで一行が到着したとき、弁慶の進言を容れて、義経は静御前を都へ帰すこととします。静は沈む心を引き立たせ、やむなく別離の「中之舞」を舞い、再会を願いながら涙にくれて義経を見送ります。(中入)  義経一行が船出し海上に出るやいなや、俄かに風が荒れ始め、平知盛をはじめとする平家の怨霊たちが波間に現れ、義経一行を海に沈めようと襲い掛かかります。弁慶が数珠をもみ、五大尊明王に祈ると怨霊は調伏されて波間に消えて失せていきました。

■「葛城」(かづらき)


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(見どころ&あらすじ)
雪に覆われた大和の葛城山が舞台です。岩橋を架けなかったために不動明王の索に縛られて苦しんでいる葛城の神の美しくゆったりとした所作、気品漂よう美しい能です。  出羽・羽黒山の山伏達が大和の葛城山に峰入りしたところ吹雪となり困り果てていると、笠を被って枯れ枝を手にした女が現れて庵に案内します。女は火を焚いて山伏たちをもてなし世の無常を語ります。山伏たちが夜の勤行を始めようとしたところ、女は、自分は葛城山の神だが、期限までにこの山に岩橋を架けることができなかったために明王の呪縛を受けているのだと語り、加持を頼んで消えていきます。(中入)  山伏たちがお勤めを続けていると神が現れ、自分の醜い容貌を恥じて昼間は仕事をせず、夜だけ仕事をしたがゆえに、岩橋の完成が遅れたことを罰されたのだと語ります。女神は昔を懐かしみ大和舞を舞いますが、自らの醜い顔を見られないうちにと、夜の明け染める前に真っ暗な岩戸に再び帰っていきました。

■「邯鄲」(かんたん)


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(見どころ&あらすじ)
「邯鄲」は中国が舞台です。いつの世も人は迷いながら生き、生きる意味を求めていますが、その答えはなかなか見つかりません。暗喩に富んだストーリー、趣向ある演出が人気の能です。  中国・蜀に住む盧生(ろせい)という青年は、人生に迷いを感じて羊飛山(ようひざん)に住む、高名な僧に教えを乞うために旅に出ます。旅の途中、楚の国の邯鄲の里で一軒の宿に泊まります。すると女主人が、かつて仙人を泊めた時にもらったという枕を持ってきます。その枕で寝ると悟りが開けるというのです。食事の支度をする間この枕でお休みなさいと勧められ、盧生はひと眠りすることにしました。  うとうととする盧生を起こす者がいます。それは楚の国の帝の使いで、盧生に位を譲るので迎えに来たというのです。驚いた盧生は、輿に乗って宮殿に赴き王位につきます。祝いの酒宴が続き、盧生も歓喜の舞を舞い、栄華を極めた毎日が続きます。そして、気がつけばあっという間に50年が過ぎていました。  そこに突然、宿の女主人が粟のご飯が炊けましたよと、扇を二つ叩いて起こします。目を覚ましたた盧生は、すべてが夢であったかと茫然と立ちすくみますが、人生はすべて「一炊の夢」と悟り、満ち足りた気持ちで故郷に帰っていきます。
撮影:石田 裕

■「須磨源氏」(すまげんじ)


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(見どころ&あらすじ)
現存する謡曲のなかで、「源氏物語」を題材にするものは10曲ありますが、須磨源氏は光源氏の数奇かつ華麗な一生を描いた能です。  日向国・宮崎の社官藤原興範が、伊勢参宮の途中、須磨の浦に着くと、桜を眺めている樵の老人に出合います。この花は由緒のある木かと尋ねると、老人はこれこそ名に負う「若木の桜」であると答え、問われるままに光源氏の生涯を語り、自分こそ『源氏物語』の主人公光源氏であると告げて姿を消します。(中入)  社官が光源氏ゆかりの須磨の浦で待っていると音楽が聞こえ、月光の輝く浦に源氏が華麗な姿をあらわします。青海波の舞を舞い、夜明けと共に天に戻ってゆきます。

■「弱法師」(よろぼし)


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(見どころ&あらすじ)
親に捨てられた可憐な少年の悲劇の物語。最後は父親と共に国に帰る形をとり、一見ハッピーエンドのようですが、どこか不条理なもの悲しさが残る能です。  河内国・高安の左衛門尉通俊は、讒言を信じ自分の子である俊徳丸を追放します。しかし、偽りであることがわかって不憫に思い、天王寺で施行を行います。  一方、悲しみのあまり盲目となり、弱法師と呼ばれる乞食となった俊徳丸は、杖を頼りに天王寺にやって来て施行を受けます。折りしも春の彼岸の中日、梅の花が弱法師の袖に散りかかります。彼は仏の慈悲をたたえ、仏法最初の天王寺建立の縁起を物語ります。通俊がその姿を見ると、まさしく我が子。しかし人目をはばかり、夜になって名乗ることとし、日想観を拝むようにと勧めます。弱法師は入り日を拝み、難波の美しい風景を心に思い浮かべながら恍惚となり、興奮のあまり狂喜したのもつかの間、群衆に突き飛ばされ狂いから覚めます。弱法師は信仰に酔った自分を恥じ、「今よりは更に狂はじ」と二度と幻想をもつまいと言います。やがて夜も更け、人影もとだえて父は名乗り出ます。父は弱法師の手を取り、連れ立って高安の里に帰ります。